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田原本町について

-田原本ってこんな町、こんなところ-

奈良盆地は古くから「国中(くんなか)」と呼ばれ、田原本はその中央に位置します。弥生時代のはじめ、稲作の技術をもった人たちが唐古・鍵遺跡を拠点とする環濠集落を営み、米作りを始めました。
唐古・鍵ムラでは、米作りだけでなく木や石、骨を加工して道具や生活必需品の生産も行われ、手工業を営む「まち」に近い性格を併せ持っていました。
また、出土した土器から、海路・陸路を介して地方と交流していたことも分かっています。
その物流拠点としての機能は近世にも受け継がれ、寺川の水運と中街道沿いの好立地から物流拠点として発展し、商業が栄え「大和の大坂」と言われたとも伝えられています。
水運に代わる鉄道網の広がりから取り残された田原本は、明治期の衰退を経て、現在は大阪・京都と直結した便利な交通環境でベッドタウンとなっています。

田原本画像